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アマチュアボクシングの大変革:ヘッドギア廃止と新たな10点法

2013年3月29日

アマチュアボクシングが根本的に変わろうとしている。単なるルール改正や採点基準の調整なら日本の首相交代並みに頻繁に行われてきた世界であることは事実だが、今回の変革はその比ではない。アマボクの象徴とも言うべき2つの存在、ヘッドギアとコンピュータ採点システムを廃止しようというのだから強烈な決定だ。

しかしこの極めて大きなルール変更でさえアマボク界が目論む大きな野望の一部でしかない。それは国際ボクシング協会(AIBA)が老若男女アマプロ国境の垣根を超えボクシング界の全てを統括しようとする壮大な試みの中の一手なのである。彼らは既存プロを圧倒し、ボクシングのあらゆる勢力を自分達のもとに統一させようとしているのだ。

元々AIBAは国際“アマチュア”ボクシング協会(Association Internationale de Boxe Amateur)だった。しかし現在では略称そのままに正式名称からアマチュアの文字を取っ払ってしまっている。このことが彼らの目標を何よりも雄弁に物語っていると言えるだろう。2013年3月11を持ってAIBAは自らが統括するボクシングという名の競技を3種類に区分した。

  1. AOB(AIBAオープンボクシング):従来アマチュアボクシングと呼ばれていたもの。五輪、世界選手権もここに位置する。
  2. APB(AIBAプロボクシング):今年後半にスタートする見込みの新プロリーグ。選手はAIBAと4年間単位の契約を結び、一定の枠組みに基づいて固定給とファイトマネーを得ながら世界王座を目指す。
  3. WSB(ワールドシリーズオブボクシング):2010年に発足した団体戦スタイルのセミプロリーグ。現シーズンでは世界各地の計12チームが参加し優勝を争っている。

これらのうちAPBとWSBは計画当初から当たり前のようにヘッドギアなしの10点法が採用されることが決定していたため、必然的にAOBが歩調を合わせることになった。なぜならAPBとWSBの大きな売りは「オリンピックの出場権を確保しつつプロとしてお金を稼ぐことができる」という点だからである。そうである以上、オリンピックボクシングのルールをAIBA管轄下の「プロ」ボクシングから乖離させておくわけにはいかないわけだ。その答えがヘッドギア廃止(ただし当面は成人男子の部のみ)と10点法による採点(必然的にコンピュータ採点は廃止)なのである。

若いファンには意外なことかもしれないが、実は大昔のアマチュアボクシングにはヘッドギアは存在せず採点法もプロとほぼ同じものだった。カシアス・クレイやジョージ・フォアマンだってプロに近いルールで五輪金を獲得したのだ。(そうでなきゃフォアマンの金は厳しかったに違いない。)事の発端は1982年、アメリカ医学会がボクシングの危険性に懸念を表明しこの競技自体の廃止を訴えたことにある。曰くボクシングは「野蛮であり、文明社会において認められるべきではない」そうだ。この騒動はその後沈静化したが、AIBAは当時世界的な盛り上がりを見せたボクシング批判をかわすため1984年ロス五輪でヘッドギアを採用し安全性をアピールした。

更に1988年ソウル五輪であのロイ・ジョーンズが不当判定で金メダルを逃したことが大問題となり、続くバルセロナ五輪からコンピュータ採点の採用が決定された。この2つの改革によりアマチュアボクシングはプロよりも「安全・安心」かつ「公正・公平」な競技となった――はずだった。

ヘッドギアによって脳へのダメージが軽減されるというのは一見もっともな話だ。しかし一方ではヘッドギアがあることによってパンチを避ける意識が希薄になり、なおかつなまじKOされないがために余計に多くのパンチを食らって細かく脳を揺らされ続けてしまうのではないかという批判が以前より存在した。更に最近ではヘッドギアは脳を守る役には立たず、もっぱらカットなどの負傷を防ぐためだけにあるのだ、というようなことが言われるようになってきた。結局のところアリとナシとではどっちがより安全なのか。ラスベガスの脳医療研究センターで格闘家のダメージについて研究するチャールズ・バーニック博士によればその答えは「実際にヘッドギアを廃止して結果を見てみなければはっきりしない」のだという。「ヘッドギアありとなしとで大きな違いが生まれなかったとしても驚くべきことではない」とも付け加えている。

コンピュータ採点は採用当初、曖昧模糊なボクシングの判定に「客観的で科学的な」視点をもたらすと大いに期待された(少なくともAIBAによれば)。しかし現実に起こったのは前と同じかそれ以上に批判される疑惑判定の連続であり、「タッチゲーム化」「フェンシング化」などと揶揄される競技の変質だった。この致命的な改悪は五輪ボクシングの人気を大いに損ない、かつてオリンピックの花型とまで言われたアマチュアボクシングの地位はこの二十数年でガタガタに失墜したのである。

さてそれではこれからのアマチュアボクシング――AIBAの呼称に従うならAIBAオープンボクシング――はどうなっていくのだろうか。新ルールは国際的には今年10月に開催される世界選手権inカザフスタンで正式採用される。ただし世界に先駆けて4月の全米選手権で新ルールでの戦いが繰り広げられるという事実が、このルール変更を誰よりも待ち望んでいたアメリカ人関係者達の興奮を伺わせる。近年の米国代表の不審はプロと乖離したルールに原因があるというのが彼らの定番の言い分になっていたからだ。そのアメリカも含め、従来のルールに最適化していた現アマチュアトップ選手たちが新ルールにどのような対応を見せるのか、今年の世界選手権は例年以上の注目が集まることは間違いない。

しかしその前に、AIBAが採用する「10点法」は我々がよく知るそれとは別物であるということに触れておかなければならない。WOWOW見てれば毎週叩き込まれるお馴染みの10点法は、各ラウンドを原則として10-9で振り分け、ダウンがあったラウンドや非常に一方的だったラウンドを10-8とするというものだ。AIBAはこれをそのまま採用しない。以下がAIBAルールの新しい10点法である。

  • どちらかが僅差で制したラウンドは10-9
  • どちらかがはっきりと支配したラウンドは10-8
  • どちらかが完全に支配したラウンドは10-7
  • それ以上の極めて一方的なラウンドは10-6もあり得る
  • ノックダウンがあってもそれ自体はポイントにならない。ダウンを含めたラウンド全体の優劣で採点が決まる

このように現行プロのルールとは完全に別物なのだ。注目点はひとつのラウンドで2点3点の差がつくケースが多発するということと、ダウンそれ自体はポイントを決定しないということだ。例えば一方的に打ち込まれた選手がラウンド終了間際に軽いダウンを奪った場合、現行ルールではダメージ量よりダウンがあったという事実を重視してダウンを奪った選手が10-8でポイントを得ることが出来る。しかしAIBAルールではダウンを食らった選手のほうがトータルで優勢だったとみなされればそちらがポイントを得ることになる。これを知らずに試合を見れば判定結果がまるで理解できないということになるだろう。またジャッジは五人構成となり、その中の三人のジャッジペーパーが試合終了後にランダムに選ばれ判定に用いられるというのも興味深い点だろう。

さてはてかなりの長文になってしまったが、2013年以降のアマチュアボクシングは従来のものとは全く異なるということはわかってもらえたと思う。この先ボクシングはどうなっていくのか、AIBAと既存プロとの全面対決は何をもたらすのか、それは今を生きる我々には全くわからない。願わくば未来がより良いものであってほしいものだ。

追記:補足編はこちら

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One Comment
  1. ストラマー permalink

    プロボクシングは僕が見始めた90年代からみても堕落が激しい。タイトル認定団体なんか腐りきってるし、競技レベルでいってもヘビー級を筆頭に重量級のレベルがこの20年で著しく低下していると思う。
    星の数ほど世界チャンピオンベルトは今更なんの価値もない。

    AIBAは、今の堕落しきったプロボクシングの現状を打ち破ってくれる希望だと思う。
    旧ソ連圏、アジア、キューバなどに埋もれている真の強豪が出てきて初めて世界一を決める
    戦いも見られるはず。

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